「子育てしやすさ日本一」の公約をかかげ、2008年に全国の現職市長として最年少(当時34歳)で当選した大阪府箕面市の倉田哲郎市長(36)。倉田氏は、2010年10月から11月にかけての16日間、次男の誕生に合わせて育児休業を取得。育休明けの11月下旬、ファザーリング・ジャパン関西(FJK)代表で箕面市在住の和田憲明氏との対談が行われた。

 

【育休を取った男性職員の言葉が後押しに】

 

和田 主夫の和田です。妻が主に仕事をして、私は家事育児を主に行っています。主夫以外には、アルバイトとFJKの活動をしています。今回は、市長ご自身、パパの職業がたまたま市長だった倉田さんと主夫の対談ということで、あんまり固くないパパトークをさせていただければと思います。 

まず、育休を取られた経緯から教えてください。

 

倉田 僕自身が「男性の育休」という考え方に接したのは、6~7年前です。当時は男性の育休なんて、世間ではまったく話題になっていなかったのですが、そのころ一緒に仕事していた男性職員が、「子どもが産まれたら育休を取る」と言っていたんです。僕は独身だったので、まったく実感はなく、考えたこともなかったので、変わった人もいるもんだと(笑)。でもそれを口に出して言うのはスゴイなと思っていました。その時のやりとりが、心に残っていたのかなと思います。

 

和田 今回は2人目のお子さんの誕生に合わせて、育児休業を取得されたそうですが、1人目のお子さんが生まれたときは、どうされていましたか?

 

倉田 1人目が産まれたときは、東京で勤務していたので、妻は大阪の実家に里帰り出産をしました。

 

和田 今回は里帰り出産をしなかったのですか?

 

倉田 2人目の妊娠がわかったときから、「上の子がいながら、産後、下の子の面倒も見るのは大変だろうな」と思っていました。ただ、今の職場は箕面で、妻の実家は近隣市で、そんなに遠い距離でもありませんから、あえて里帰り出産する必要があるのかなという迷いもありました。

 

和田 里帰り出産ではなく、ご自身が育児休業を取得して、奥様をサポートしようと決断をされたのはなぜですか?

 

倉田 背中を押してくれたのは、箕面市の職員。男性事務職の中で唯一育休を取った人物です。仕事で一緒に移動していた車中で「育休取るんですか?」と聞かれました。彼は続けて「育休取ったけど、取らなければよかったと思うくらい、育休中の方が仕事より大変やった」と。それを聞いたら、育休取らなきゃ、育児から逃げている男みたいな感じがするじゃないですか(笑)。  

 

和田 以前、横浜副市長の山田正人さんが、育休は「休暇」じゃない。育児労働、育児修行と呼んではどうかとおっしゃっていました。  

 

倉田 それは正しい。休暇なんて甘いですよね。 

 

和田 育休を取るといったときの奥さんの反応はどうでしたか? 

 

倉田 「ほんとに?」って、びっくりしてましたね。一応喜んでいましたが、驚きのほうが大きかったみたいです。 

 

和田 どんなタイミングで伝えたんですか? 

 

倉田 次男が予定よりも2週間早く産まれたので、産まれてから妻にも市役所にも伝えました。妻も市役所も心づもりがなかったので、びっくりしてあわてていました。 

 

和田 育休の取得自体は、生まれる前から決めてたんですよね? 

 

倉田 いや、子どもが産まれてから決めました(笑)。

 

【長男と過ごす時間、意思疎通が楽しかった】

 

和田 約2週間の育児休業、実際はどのように過ごされたのですか?世間では、「2週間がっつり育児休業取られた」と思っているのではと思いますが。 

 

倉田 うーん、日によりますね。ちょっと仕事に来て、家に帰ったり。公務をこなしながら、育休していました。仕事が多い日もあれば少ない日もありました。 

 

和田 育児休業というよりも時短のイメージでしょうか。  

 

倉田 時短のイメージの方が近いかも知れませんが、その中で大きかったのは、夜のスケジュールをほとんど飛ばせたことですね。夜、家族と過ごせましたし、朝の時間も比較的取ることができました。 

 

和田 育休中の家での役割は? 

 

倉田 僕はもっぱら3歳の長男の相手。ごはん、おふろ、ねかしつけ、遊び、ひたすら長男と過ごしました。  

 

和田 長男のお子さんとの関わりは、すんなり始められましたか? 

 

 

倉田 もともと風呂は一緒に入っていました。僕は朝は必ずシャワーを浴びる習慣があるので、そのときに、長男と一緒に入ることが多かったので、風呂に入れるのはすんなりでした。 

大変だったのは寝かしつけです。長男は産まれてから一度もママから離れて寝たことがなかったんですね。それが初めて、ひっぺがされたわけじゃないですか、最初はなかなか寝なくて、それが大変でした。でも、ママ以外の人間、僕が、寝かせられるようになったのはびっくりですし、うれしいことですね。 

 

和田 夜、起きたりしますか?  

 

倉田 赤ちゃんが泣いても、僕は気づいたり、気づかなかったりです。でも、長男がおしっこに起きるときは気付きます。不快そうにウンウン唸りながら「チッチー」とか言って、起きるんです。おむつははずれているんですが、トイレでズボンを下ろしてあげないとできないので。  

 

和田 毎晩ですか? 

 

倉田 おしっこは毎晩、1回か2回くらい。上の子のおしっこと、赤ちゃんの夜泣きと、ダブルで発生するときもありますからね。  

 

和田 パパが夜中に上の子のおしっこのお世話をしてくれるだけで、ずいぶんママも助かりますね。 

 

倉田 でも育休を取る前までは、長男の夜中のおしっこに、僕はほとんど起きませんでしたから。 

 

和田 それは育休を取られて気づくようになったんですか?  

 

倉田 そうですね。ママが出産後、入院している間の5日間、長男の寝かしつけをしましたから、この時からです。ママが入院している時なんかは、長男なりに健気にガマンしているわけです。「あと何回寝たらママに会える?」とか言ったりね。そういう健気さがすごくカワイイし、見ていてすごく微笑ましいですね。 

 

和田 寝かしつける時は、どんな工夫をされましたか? 

 

倉田 妻に聞いたら、乾燥で肌がかゆくなって、寝付きが悪いことがあるので、かゆいところをさすってあげたり、肌のケアをママから習いました。あとは、疲れさせること。昼間は、体を動かすようにして、夜、眠くなるようにし向けました。 

 

和田 具体的に、お子さんとどんなことをされましたか? 

 

倉田 息子は散歩が大好きなので、ひたすら二人で歩きました。今までは、親子の散歩もなかなかできませんでしたから。  

 

和田 父子2人の公園散歩はいかがでしたか?  

 

倉田 子どもと一緒に時間を気にせずに、延々と気がすむまで歩くっていうのは楽しかったですね。普通、歩いたり動いたり、移動したりするって、何か目的がありますよね。目的地があるわけでもなく、目的地を定めずに歩いたことって、考えてみたら何年も無いなぁと。子どもと一緒に歩くことそのものが目的。例えば、万博公園では、公園の中の小さなバスに乗って、「おりる」と言ったところでそのバスを降りたり。でも、それが無謀なくらい公園の奥地だったりするわけですが。  

 

和田 入り口と全く正反対のところだったり? 

 

倉田 そうそう、そして、そこから歩いてまた、変なところに行って、挙げ句の果てに疲れて「だっこ!」って言われる。「おい!」みたいな感じですよね(笑)。

 

【以前は考えられなかった、長男とパパとの2人旅も計画中】

 

和田 でも、子どもと真正面から向かい合うというのは、貴重な経験ですね。 

 

倉田 長男は3歳で、いっぱいしゃべるんですけど、意味がわかって互いにちゃんと意思疎通できるのはまだ1~2割くらい。そのすごく不自由な状況で、意思疎通がうまくいったとき、おたがい納得して、「これ終わったら帰ろうね」なんて、決められたときは楽しかったです。いっぱい話して、納得して、意思が通じると、ほんとに嬉しい。 

 

和田 私の次女も3歳で、よくしゃべります。でもなかなかこちらの言うことは聞いてくれない(笑)。子どもと正面から関わってしゃべる時間を作るのはなかなか難しいんですけど、でも意思疎通するには時間というか、継続的な関わりが必要ですね。 

育休の前後でご長男との関係はかわりましたか? 

 

倉田 パパっ子になりました。僕がいないと寂しがるようになった。今までは全然そうじゃなかったので、ビックリしました。でも、ちょっとうれしいですね(笑)。 

 

和田 ではママは、楽になられましたよね。 

 

倉田 そうだと思います。子どもが僕のことを心配してくれたりもするんですよ。先日、お風呂で僕が腰をぶつけたことがあって。彼なりに考えて心配してくれるんですが、それが「ごはんたべたら、なおる?」とかね。すごく一生懸命考えてくれているけれど、とんちんかんだったりするあたりが、嬉しくて、おもしろいです。 

 

和田 育休を取られて、お子さんと過ごす時間が増えたことによって、気づかれたこと、大きく変わられたことはありますか?  

 

倉田 小さなことですけど、早めに家に「帰ってやらなきゃな」と思うようになりました。  

 

和田 それはお子さんと過ごすために?  

 

倉田 そう、子どもと過ごすためでもありますし、あの家で3人だけで過ごしてるのはママが大変だろうなと。  

 

和田 ママの大変さに気づいたわけですね。  

 

倉田 それはすごく思いました。僕の実家は静岡ですが、年末に上の子だけを連れて「僕の実家に行ってみよう」プロジェクトを密かに計画中です。今までは、父子だけで旅行なんてことは考えられませんでした。「無理だろー」って(笑)。ママと一緒じゃないと寝られなかったですからね。今回の育休をきっかけに、上の子と2人で過ごせるようになったのは大きいですね。子どもも、どこまで分かってるんだかわからないけど、行く気になっています(笑)。  

 

和田 「パパと行く」って言っているんですか?  

 

倉田 そう。どうなることやら……ですけどね。

 

【在宅で子育てしている家庭への施策も考えたい】

 

和田 育休を取られて、スローガンとして「子育てしやすさ日本一」を掲げている街のイメージは変わりましたか? 

 

 

倉田 「在宅で子育てしているお父さんお母さんは、大変だな」と思いました。そこで一体、何をしたら効果的かというのはなかなかまだアイデアが固まるとこまでいってないですが、現場からも提案を求めていこうと思いますが。例えば、ママやパパが日中集える子育て支援センターも、現在2つしかありませんから、「東部の拠点も早く作らなければいけないな」と思いました。 

保育所の待機児童などは課題として分かりやすく、もちろんそれもやらなければいけないんですが、とかく行政はそちらの方に意識が行きやすい。でも、在宅での育児などさまざまな形で子育てしている家庭に対する施策についても、ちゃんとやらなきゃいけないと改めて感じました。 

 

和田 産後うつも話題になっています。うちは長女が6カ月の時に妻が仕事に復帰し、私が仕事を辞めて、5カ月間専業主夫をしました。その期間のきつかったこと。6カ月の子どもは、まだ歩きもせず、授乳もミルクという時期だったので、肉体的にはそれほど大変ではなかったのですが、社会からの隔絶を感じて精神的にキツかったですね。 

 

倉田 こんなことを毎日していていいのか、みたいな? 

 

和田 そう、精神的に落ち込みましたね。喋ると言えば、帰ってきた妻と喋る。妻に「こんなに喋る男だと思わなかった」って言われました。子どもと行く場所がなく、家庭で子どもを見ているママたちって、すごく精神的にタフなことをしているんだなと思います。 

 

倉田 そうですね。  

 

和田 やはり、それをケアするのは、第一義的にはパートナーだと思います。僕の場合は帰ってきた妻に話を聞いてもらって精神的に救われましたが。逆の場合、なかなか男性の方は、ママの話しを聴くのは苦手だったりしますよね。パパ達には、「少しでも早く帰って、ママの話しを聴いてあげて」というメッセージを発信したいと思っています。  

 

倉田 各家庭にいろんな事情があって、性格も生活も人それぞれなので、なかなか一概には言えないですが、でもやっぱり、ハッピーに子育てして欲しいですね。 

 

和田 子育てはしんどいけど、その中に楽しさを見つけられるくらいの意識をもつことはできます。ホント、おっぱいから母乳を出すこと以外、パパもやろうと思えば全部できますからね。 

 

倉田 新生児とか、まだ1歳くらいの子育ては特に精神的に大変でしょうね。子どもはして欲しいことを喋ってくれませんから。2歳3歳くらいになってくると、やりとりができて、面白さが出てきますけどね。特に0歳はしんどいだろうなぁと思います。

 

【大阪府橋下知事の発言をどう受け止めたか】

 

和田 広島県・湯崎英彦知事と、倉田市長が育児休業を取得したことに対して、大阪府の橋下知事が反論し、報道では対立軸として扱われました。橋下知事の「首長は最後に取るべき」という主張に対し、倉田市長は「首長もひとりの人間」という部分がキャッチーに出されました。 

こうして育休が大きな話題になったのはよかったと思いますが、気になるのは知事がそういう発言をすると、大阪府の男性職員は育休取りにくいだろうなということです。橋下知事の主張についてはどう思われますか? 

 

倉田 大阪府職員の犠牲をのぞけばグッジョブだと思います。さすがだと思いましたね。橋下知事と僕の違いは、手法論の違いであって、育休をとれる世の中にしたいっていう目的は同じなんですね。知事は知事らしく問題定義をして、ケンカをふっかけて、議論を巻き起こしたんだと思います。 

 

和田 大阪府よりも箕面市の男性職員のほうが、育休、取りやすいですよね。  

 

倉田 それは多少あるでしょうね。首長が育休をとらなければ、変わって行かないというのが、僕の考え方です。育休を取れる人から取って行かないといけない。そうやって外堀を埋めて行くのが僕のやり方です。

 

【パパ達にメッセージ~踏み出す勇気を】

 

和田 これから育児休業を取ろうとか、育児に関わろうと思っているパパたちにメッセージ等あれば、お願いします。 

 

倉田 勇気を出して欲しいですね。やっぱり、仕事と家、プライベートとの区切りの折り合いをつけるのって、大変だと思います。 

仕事をしている人たちって、男性だけじゃなく、女性もそうですけど、社会で仕事してお金をもらっているからこそ、職場に「家のことで迷惑をかける」と配慮したり、仕事に引っ張られたりする。それを乗り越えることは、とても勇気がいることだと思います。 

置かれている環境は職場や仕事にもよりますから、人それぞれだと思いますが、子育てに関わることで、発見がたくさんあります。パパになったんだから、育休に限らず、絶対、何かしらの方法で、育児をする経験をした方が僕はいいと思います。だから、少しの勇気を出して欲しいです。 

 

和田 新しく踏み出す勇気ですね。 

 

倉田 そう、多分、小さな積み重ねのひとつひとつが、世の中を変えていくことにつながると思います。 

 

和田 仕事の状況などで厳しいかもしれないけれど、「夜、5分だけでも、奥さんときちんと向い合って話を聞く」というところから始めて欲しいですね。 

 

倉田 朝15分早く起きて家族と食事するとか、職場から15分早く帰るとか……。仕事を工夫するなど、何かを少しずつ乗り越えなければいけないとは思いますが。 

10年後くらいに、育休を取るのが当たり前だったり、親子の時間をちゃんと取れる時間に帰ることができたり、地域での子育てもしやすくなっていたり、「ああ、10年前はこんな議論してたね」みたいな世の中にしたいですね。 

 

和田 「10年前って、市長が育休を取るくらいのことで、大騒ぎしていたよね」みたいな(笑)。そんな時代がくるように、それぞれの立場で活動していければと思います。今日はどうもありがとうございました。

 

 

 

取材・文:ファザーリング・ジャパン関西 井岡和海

 まとめ:ファザーリング・ジャパン 高祖常子